2016年7月アーカイブ
根面齲蝕はpH7付近でも発生する。
・根面齲蝕の予防・治療はなぜ難しいのか。
その理由として、歯冠部エナメル質と歯根面の齲蝕の発症メカニズムが異なることが挙げられます。
双方とも、S.mutansやLactobacillusの強い関与がありますが、象牙質の齲蝕ではエナメル質にはない特徴として、Actinomycesが非常に強く関与していると考えられています。
根面齲蝕の特徴として、歯肉縁上だけでなく歯肉縁下にも生じます。
歯肉縁下において、歯肉溝滲出液のpHは中性に近い状態で出てきますので、本来はそこに齲蝕ができることはあまり考えにくいのですが、実際には歯肉縁下の深い部分で根面う蝕が生じることがあります。
根面齲蝕の治療については、術者の治療技術によって再治療のケースが非常に多くなってきます。
実際に根面齲蝕の好発部位として、55%が歯間部や補綴物マージンから発生するデータがあるので、修復治療の長期予後を考えていくうえで根面齲蝕が致命的な影響を及ぼしてしまう可能性があります。
また、エナメル質の酸による脱灰とは異なり、象牙質に含まれるコラーゲンに対しても破壊が生じます。
これはマトリックスメタロプロテアーゼ(Matrix metalloproteinase ,MMP)による有機質基質の分解によるものですが、このMMPの一つであるコラゲナーゼの活性はpHが低い状態、つまり硬組織の脱灰領域ではあまり発揮されずに、齲蝕の安全域とされるほぼ中性(pH7程度)に近い領域でMMPがコラーゲンを分解していくことが分かってきています。
このような点から、根面齲蝕は、有機質と無機質が複雑に絡み合う象牙質やセメント質が戦場ですので、エナメル質の齲蝕とは異なる視点で予防に取り組まなければなりません。
たとえば、エナメル質の齲蝕は白斑していることで早期発見しやすいわけですが、初期の根面齲蝕は視診で発見することが大変難しく、気づいたときには悪化していることが多いわけです。
とはいえ、象牙質の齲蝕に対する基本的な予防処置は、従来より行っているエナメル質へのアプローチと同様に徹底的なプラークコントロールとフッ化物の応用は欠かすことができません。
フッ化物が適応されている象牙質は表層が石灰化されますので耐酸性が向上しますが、今後はコラゲナーゼの働きから象牙質中の有機質基質をどのように守っていくかを考えていかなくてはならないと考えています。
(新聞QUINT 2016年6月号 )
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通常、食物を食べるとお口の中の状態は酸性に傾き、唾液の緩衝作用でゆっくりと中性に戻ります。
虫歯になりやすいかどうかは、この中性になるまでの時間で決まります。
すなわち、中性になるまでの時間が長い場合は、お口の中が酸性である状態が長いので、虫歯ができやすいということになります。
一般にエナメル質の虫歯はpH5.5付近でおきるといわれています。
一方、根面齲蝕は、pH6.5付近で発生するといわれています。
ということは、歯根が露出していない若年者で虫歯が頻発していた人が加齢により、歯根が露出したようなケースでは、よほど生活習慣が改善されない限り、根面齲蝕は避けられないと考えられます。
また、若いころの虫歯のリスクが低い人でも、加齢により唾液が減少したり、医科での投薬が増えてくると、根面齲蝕のリスクはやはり増大するものと推測されます。
また、インプラント治療を行った部位の隣に根面齲蝕がある天然歯がある場合、フッ化物を応用により、チタンの腐食が惹起されないのかという問題もあります。
こうして考えると、根面齲蝕は高齢化社会の現代では、その対処について真剣に議論を重ねていかなければならない分野であると感じました。
歯根端切除術とインプラントの位置づけは変わるのか?
・逆根管形成・充填は同条件にして、マイクロスコープを用いた場合と、肉眼・ルーペを用いた場合を比較したメタアナリシスでは、マイクロスコープで94%、肉眼・ルーペで88%と有意差を認めた。
・逆根管充填材にはさまざまな材料が使われている。
病変の縮小を基準に治療の成否を判定する方法が一般的であるが、MTAとスーパーEBAが良好な結果を出している。
とはいえ、他の材料との差は極めて小さい。
Super EBA 89%
MTA 90.8%
IRM 84.7%
ガッタパーチャ 88.5% の成功率
(参考文献)
Setzer FC, et al. Outcome of endodontic surgery : a meta-analysis of the literature-part 2 : Comparison of endodontic microsurgical techniques with and without the use of higher magnification. J Endod. 2012 ; 38(1) : 1-10.
Tsesis I, et al. Outcomes of surgical endodontic treatment performes by a modern technique : an updated meta-analysis of the literature. J Endod. 2013 ; 39 (3) : 332-339.
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近年、「歯をすぐに抜いてインプラントにするのはけしからん。
私たち歯科医師は歯を保存することに全力を注ぐべきだ。』という風潮が今の歯科界にはあるように感じます。
それと関連してか、術式的には昔から存在する歯根端切除術が脚光を浴びています。
また、『最先端のマイクロスコープとMTAを使用することで、歯根端切除術の成功率を大きく引き上げる』というイメージをメーカーが中心となって、定着させるように行動をしてきているようにも感じていました。
今回紹介する論文にもあるように、歯根端切除術に使用する材料による成功率の差は、考えていたより小さいこと。
さらに、有意差はあるものの肉眼・ルーペによる成功率(88%)とマイクロスコープ(94%)による成功率が、考えていたより小さいことが明らかになりました。
自由診療をベースにした欧米の歯内療法であれば、MTAとマイクロスコープを使用した歯根端切除術がスタンダードにはなるかと思いますが、保険診療をベースにした日本では、Super EBAとルーペを使用した歯根端切除術がスタンダードになるのではないでしょうか。
グラム当たりの価格がgoldと同じくらいあるいはそれ以上もするMTAや、メルセデスが買えるくらい高額なマイクロスコープを使用する歯根端切除術は、日本ではまだまだ"絵に描いた餅"のように感じてなりません。
歯根端切除術には、"3ミリルール"といって、根尖から3ミリの部分を外科的に切除します。
歯根が長い歯牙であれば、3ミリの切除は問題にならないのかもしれませんが、歯周病により辺縁からの歯槽骨レベルが低下しているような歯牙で、かつ歯根端切除術が必要なケースもあるかと思います。
そのようなケースでは、歯間-歯根比が崩れてしまい、『根の状態は健全であるけれど、しっかり咬ませるともたない。』となる可能性もでてくるでしょう。
『これだけ手間暇かけて、結局咬めないのであれば、インプラントの方が良い。』と現在とは逆の方向の風潮に変化する時代が再度くるように感じられてなりません。
歯周病の産生する酪酸が免疫に関係するT細胞を阻害する。
・日本大学の落合邦康教授らは、歯周病菌が最も多く産生する酪酸が、T細胞に結びついてその働きを阻害することを明らかにしています。
T細胞が傷害を受ければ、歯周病が進行するという悪循環が生じてしまいます。
歯周病原菌の産生する酪酸は、免疫を攪乱させて、歯周病だけでなく全身性疾患の誘発に関わる可能性もあります。
歯周病で口臭があると、免疫機能が攪乱されてガンになるリスクが高まる可能性だってあるわけです。
(史上最大の暗殺軍団デンタルプラーク )
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歯周病が一朝一夕には良くならないのは、歯周病の産生する酪酸がT細胞の働きを阻害することが分かりました。
またT細胞が障害を受けるがゆえに、歯周病が進行するというのは、まさに悪循環と言うより他はないですね。
細菌がヒトのストレスを察知して、その病原性を高める!
・神経系の発達した人間ほどストレスに弱い生き物はいないようです。
ストレスで免疫系やホルモン系が攪乱されて、病気にかかりやすくなります。
一方、細菌は環境の変化に順応する高い能力をもっています。
驚くべきことに、細菌はヒトのストレスを察知して病原性を高めることさえあります。
(史上最大の暗殺軍団デンタルプラーク )
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ストレスで免疫が低下することは以前から明らかにされていましたが、今回の報告により、歯周病菌等の細菌がヒトのストレスを察知して病原性を高めることが明らかになりました。
細菌、恐るべしという感じです。
S.mutans菌がインプラント周囲炎に関与?!
・実は歯肉炎中のプラークと縁下のプラークというのは連携しており、歯肉炎中のプラークコントロールができないと歯肉縁中にも影響を及ぼします。
そういう意味で他の菌はチタンに結合できません。
チタンインプラントにバイオフィルムを作ることができる細菌は、おそらくS. mutansしかいないだろうと考えられます。
いずれにせよ、インプラント治療を行う歯科医院がS. mutansに対する危険性を過小評価しているのではないかと思います。
(インプラントYEAR BOOK 2016 )
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これまでインプラント周囲炎あるいはインプラント周囲粘膜炎の予防・治療に対して、歯周病菌をいかに除菌するのかということに着目されてきました。
そのため、「インプラントは歯周病に似た状態になる場合はあるけれど、虫歯にはならない。」とか、
「同じ口腔内の歯に、虫歯がある場合はインプラントは影響を受けないけれど、歯周病の歯がある場合は悪影響を受ける。」などと説明する歯科医師も多いかと思います。
しかしながら今回の報告で、インプラントが存在する口腔内に虫歯があるとインプラントの予後が悪くなることが明らかになりました。
個人的には、今回問題になっている虫歯は、おそらく歯根う蝕と関連すると考えています。
また、歯根う蝕は通常の歯冠部の齲蝕と比べて、より対処が難しいとも感じています。
以下にそのように感じられる理由を列挙します。
1. 歯根う蝕の多くは上部に冠が被さっていることも多く、発見が遅れがちであること。
2. ダイレクトボンディング等のミニマムな治療を心がけようとすると、接着の面で治療が容易ではない場合があること。
3. 冠の下の歯根う蝕を除去し延命しようとすることが、その歯の寿命を逆に短くしてしまう場合があること。
・インプラント周囲炎の成り立ちが、チタンインプラントの表面にS.mutans菌が付着し、バイオフィルムを形成する。
そしてそのバイオフィルムに、歯周病菌が付着し、バイオフィルムは厚みを増し、病原性を高めていくのであれば、まずはS.mutans菌をコントロールすることが重要であると考えられます。
インプラントを守るために、プラークコントロールを徹底するのはもちろんですが、歯科医院で定期的なメンテナンスを受けるとともに、砂糖などの糖質を含む食品をなるべく食べないようにするなどの食生活習慣を今一度見直す必要がある患者さんもいることでしょう。
口腔内では善玉菌なのに、血液中に入り込むと、心不全を惹起するリスクがあるストレプトコッカス・サングイニスとは?!
・血液の連鎖球菌菌ストレプトコッカス・サングイニスは、口腔内では大腸菌や破傷風菌などが口腔内に定着しないように攻撃する善玉菌として働きます。
ところが、血液中に入り込むと、マクロファージなどの食細胞に抵抗して菌血症を起こします。
また、心臓弁膜症に傷がある場合、その部位に付着して細菌性心内膜炎を起こすことも少なくありません。
すなわち、ストレプトコッカス・サングイニスは、口腔内ではジキル博士のように善玉菌としてふるまいながら、血液中に入り込んで暗殺者ハイドに変身することがあります。
細菌性心内膜炎は、うっ血性心不全、塞栓症、脳卒中などを併発する命を奪う感染症です。
(史上最大の暗殺軍団デンタルプラーク )
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ストレプトコッカス・サングイニスが口腔内では善玉菌であるのに、血液中に入り込むと菌血症、場合によっては細菌性心内膜炎を引き起こす暗殺者になるということが明らかになりました。
歯磨きで歯肉から血が出るというのは、中年以上の歯周病世代の方であれば、そう珍しい現象ではないかと思います。
しかし、歯肉から血が出るという時点で、そこには血流があるわけですから、そこにストレプトコッカス・サングイニスが血流内に入り込む余地があります。
歯肉からの出血から心不全になるリスクを減らすためにも歯周病の治療はしっかり行った方が良いということになります。
抗菌薬処理後に残ったバイオフィルムに結合したバイオフィルムは緻密化する。
・代表的な抗菌薬であるグルコン酸クロルヘキシジンをP.gバイオフィルムに作用させた場合、一定の殺菌効果は示すものの、基質がそのまま固層表面に残ってしまい、浮遊菌が新たにバイオフィルムを形成する際の足掛かりとなることも報告されている。
高病原化したバイオフィルムの除去が必須である歯周病治療には、やはり機械的清掃によるデブライドメントが重要であることが分かる。
(参考文献)
Yamaguchi M, et al : Eur J Oral Sci, 121 (3Pt1) : 162-168, 2013.
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『抗菌薬処理後に残ったバイオフィルム基質の上に再び菌液を加えると、菌がバイオフィルム基質の上に結合し、抗菌薬処理をしないバイオフィルム上よりもかえって緻密なバイオフィルムを形成する。』というエビデンスです。
それにしても、機械的清掃がない状態でバイオフィルムに抗菌薬を作用させていると、歯周病菌がそのバイオフィルム基質の上に結合し、かえって緻密なバイオフィルムをつくるというのには、驚かされました。
私たちはインプラントを守るために、歯周病菌のバイオフィルムと闘わなければなりませんが、機械的清掃の重要性を今更ながらに思い知らされました。