2017年5月アーカイブ
水硬性セメント キャビトンEXは、1時間では最終硬化の1/30程度。
・水硬性セメント キャビトンEX(ジーシー)の硬化特性(メーカーパンフレットより)
患者には、填入後1時間程度は食事等により強く咬合しないようにとの指示をするが、1時間ではまだ最終硬化の1/30程度の強度しかない。
また最終強度の60N前後になるまでの時間は、充填後3時間前後。
(抜髄 Initial Treatment )
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根管治療時に水硬性セメント キャビトンEXを使用されている歯科医師は多いと思います。
メーカーパンフレットには、填入後1時間程度は食事等で硬い物は避けるようにとの指示があります。
当院でも、メーカーの指示通り患者さんには説明していましたが、次回の来院時にはセメントが摩耗しているケースは少なくないように感じていました。
そのため、二重仮封をするようにしていましたが、何と『1時間では最終硬化の1/30程度。最終強度に達するには3時間前後かかる』ことが分かりました。
メーカーからの指示が、『填入してから3時間の食事を控えてください。』というものであれば、歯科治療で使用する歯科医師は減少するかもしれません。
メーカーからの指示を鵜?みにはできませんね。
また一つ気になるのは、仮封を摩耗させてくるタイプの人は、歯を割ってくるタイプの人に多いように感じます。
歯を割ってくるタイプの人は、交感神経が優位な状態である時間が長いために、唾液も少なく、TCHも行っていると考えられます。
水硬性セメントは口腔内の水分で硬化するわけですから、唾液が少ない時点で硬化に時間を要する可能性が推察されます。
ある意味、興味深い分野です。
抜髄により歯根膜の感覚閾値が低下する。
・局所麻酔は、侵害刺激の中のほんの一部である痛覚を遮断しているにすぎず、麻酔による除痛中であっても、組織は残る多くの刺激に対してダイナミックな応答をしていることを忘れてはならない。
抜髄処置そのものが、痛み中枢の脳幹に関わり、歯根膜組織の感覚閾値を低下させることも明らかとなっており、抜髄による歯周組織の感覚閾値低下は歯根膜感覚を論じる上での定説として確立している。
すなわち、抜髄による歯髄知覚神経の求心路遮断の結果、脳幹における吻側亜核や尾側亜核の機能局在が崩壊し、刺激と応答という特異的関係がなくなり、非特異的応答性に変化することから歯根膜感覚に閾値低下を生じるのである。
(参考文献)
長谷川誠実:顎間厚径弁別能における歯根膜感覚の役割. 岐阜歯科学会誌, 14(2):252-268, 1987.
Sessle BJ, Gerhard HF : Trigeminal neuralgia : current concepts regarding pathogenesis and treatment. 1st ed, Butter-Heinmann, Boston, 1991
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咬合痛がある患者さんの根管治療を行うと、一旦は痛みは消失します。
しかしながら、根管治療後に補綴治療を行った際に、稀に再度咬合痛があると訴える患者さんがいます。
VASでいうと抜髄前が10だとすると、抜髄後は1や2程度です。
そして、どのようなタイプの患者さんがこのような訴えをしてくるかと考えてみると、咬合力がその歯に集中し、歯冠破折を起こしてきた患者さんです。
抜髄を行うと、歯の知覚自体は大幅に閾値が上昇すると考えられますが、代償的に歯根膜感覚閾値が低下し、その歯を守るために知覚の回復を身体がオートマティックに行ってくれるようです。
また他の報告では、失活歯の咬み心地は、生活歯の半分程度であることも明らかになっています。
経験的に抜髄により歯根膜感覚が代償的に感覚閾値を低下させるのではなかろうかと考えてたところなので、今回ようやくそれを正しいとするエビデンスに出会うことができました。
さらに、歯冠破折を起こしてきた歯は、全体の咬み合わせが変化しなければ、将来その部位は歯根破折を惹起する可能性が高いものと考えられます。
そのような部位にインプラント治療を行うことは、そこに歯があった頃の数年前の状態に戻るだけの治療です。
咬み合わせの治療の一つのツールとして、インプラント治療を位置づけなくてはなりません。
10代の歯列矯正の炎症は肥満が要因
・10代の矯正の炎症は肥満が要因
ティーンエイジへの矯正に伴って起こる炎症反応は、肥満かどうかによって左右される。
イギリス・キングスカレッジ・ロンドンのM.T.Coboune教授らの研究グループが、平均年齢15歳の矯正治療を控えた男女55人(男性27人、女性28人)を対象にしたコホート研究で明らかにした。
唾液、歯肉溝滲出液を採取して炎症に関わるバイオマーカーを比較した結果、BMIから肥満に分類される群では治療開始前からバイオマーカーが高く、動的治療を開始すると、さらに顕著になった。
論文は「JDR」1月23日号に掲載された。
(アポロニア21 2017年4月号 )
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10代の患者さんで、歯列矯正時に不潔性の歯肉炎が認められる場合があります。
当院では、ストレートワイヤーではなくマルチループを使用したケースで歯肉炎が生じたケースがあります。
そのような方もBMIは正常範囲の方が多かったため、今回の『歯列矯正による炎症と肥満が関係がある』というエビデンスは正直腑に落ちません。
JDRという雑誌は、歯科では比較的インパクトファクターの高い雑誌なので、信用できるとは思うのですが、人種による差があるのかもしれません。
今後の報告を待ちたいところです。
割れない補綴物が良いのか?!
・目に見えない強い力は、被圧変位を起こすだけでなく、あらゆる咀嚼器官に及び、骨格を変形させ、顎関節を圧迫し、歯列を変える。
歯や歯槽骨、修復物を攻撃する。
そしてその魔の手は歯科医のあらゆる不名誉な原因となろうとしている。
ところが、我々は直面する現象の分類はおろか、記述すらまだすませていない。
材料学の分野では(実は臨床サイドの要望に応えて、というのが実情なのだが)ほとんどそれを放棄し、対抗手段を選ぼうとしている。
「より堅く、より強く」の延長線上にジルコニアが浮上し、割れないことで歯科医の名誉を守る手段に走り出した。
(Clinical Prosthodontics 内藤正裕の補綴臨床 オーバーロードと向き合う )
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割れない補綴物が良いという側面は確かにあります。
しかしながら、過大な咬合力がかかった際に、補綴物が破損した方が良いという側面も実はあると考えています。
補綴物の修理あるいは再補綴は、フィクスチャーの破折やインプラント周囲の歯槽骨の破壊、アバットメントスクリューの破折等と比較すると、リカバリーがしやすいので、どこかが壊れるのならば、補綴物が壊れればよいと考えています。
破損した補綴物に対して、ミニマムな修理を行うことで、破損の前後で、そのインプラントにかかる咬合力が相対的に減少します。
咬み合わせが不安定になる傾向がなければ、"あえて割れる可能性がある補綴物を選択する"というのもアリかと考えています。
ここでも、『最新が必ずしも最善とは限らない』ということになります。
すなわち、補綴物が破壊されると、その時点で咬合負担する面積が減少しますから、ミニマムな修理を行うだけに留めると、補綴物の破損の前後で、少しだけ咬みにくい状態に変化します。
人はわざわざ咬みにくいところで、咬もうとはしないものです。
前歯部インプラントへのカンチレバー適応
・前歯部へのカンチレバー適応に関する考察
審美的な観点から、前歯部2歯欠損に対しカンチレバー上部構造とCTGを併用した術式は有効と考えられる。
しかし、生体力学的な観点からは許容できるのだろうか?
2012年のRomeoらのシステマティックレビューによると、カンチレバー上部構造は、通常の上部構造と変わらないインプラントの生存率を示し(98.9%)、生物学的合併症は5.7%にみられたと報告している。
機械的な合併所は、べニアポーセレンの破折が10.1%、アバットメントスクリューの破折が1.6%、セメントの溶解による脱離が5.9%、スクリューの緩みが7.9%に見られた。
一方、審美的なパラメーターは評価がなかったとしている。
2014年のTorrecills-Martinezらのシステマティックレビューによると、5年のフォローアップでは、カンチレバーがあるからといって辺縁骨吸収を起こすわけではないが、マイナーな技術的合併症が見受けられると、やや曖昧な表現で結論づけている。
しかし、これらはほとんどが臼歯部部分欠損に対するカンチレバー補綴装置であり、前歯はほとんど含まれていない。
前歯部2本欠損に対するカンチレバーに関する論文はきわめて少ない。
Tymstraらによると、上顎前歯部の連続する2本欠損に対し、インプラントを2本埋入した場合と1本のみの埋入でカンチレバーを含む上部構造を装着した場合を比較した研究において、ポケット深さ、乳頭の高さ、辺縁骨吸収などの生物学的パラメータ―や患者の満足度において差を認めなかったと報告している。
しかし、n数はわずかで、フォローアップ期間もわずか1年であり、この論文だけで結論を出すことは難しい。
また、一般にインプラントは垂直力には強いが、側方力には弱いと考えられている。
前歯部は噛みしめ時に加わる力は臼歯よりはるかに弱いが、側方運動時の影響を受けやすいと考えられる。
側方ガイドの位置、角度、側方力の大きさ、カンチレバーの距離、アバットメントの太さなどの影響により、上部構造の機械的な破折が問題になると予想される。
(クインテッセンス・デンタル・インプラントロジー 2017年 vol.24 )
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前歯の2歯欠損に対するインプラント治療は、前歯の1歯欠損や前歯の3歯欠損よりも難易度が高いことが多いです。
第一選択は、径の細いインプラントを2本埋入することですが、インプラント-インプラント間の距離が不足する場合は、今回のテーマのように、カンチレバータイプも患者さんのタイプによっては、治療方法の選択肢に加えてもよいのかもしれません。
また個人的には、前歯部の外傷による歯牙破損は、同じ患者さんで繰り返し起きている場合があるように感じています。
これは、患者さんのニュートラルな顎位が前歯部だけ接触させ、臼歯部は接触させない状態にあることと関係しています。
すなわち、前歯だけが咬合接触した状態で、顔面を強打することにより、萌出方向と咬合力方向の異なる上顎前歯が破壊されるということです。
それでは、なぜ、前歯部だけを咬合接触させる癖のある方が多いのでしょうか?
それは、下顎が前に来ることにより、下顎骨に付着している舌も前方に来るために、呼吸が楽になるからでないかと考えています。
そうなると、事故で前歯部を失った患者さんにインプラント治療を行い、不幸にも再度顔面を強打する事故が起きた場合、今度はインプラントが破壊される可能性があると考えています。
というのも、骨格形態がインプラントの治療前後で、前歯部だけを咬合接触させる癖が残って場合が多いからです。
一方、前歯部だけを咬合接触させる癖のない正常な咬み合わせ(上顎前歯部の舌側に下顎前歯部が3-4?の被蓋があり、上下の歯牙の舌側には舌筋が裏打ちをした状態)の方が同じように顔面部を強打した場合、上顎前歯が破壊されるリスクはだいぶ減少するものと推測されます。
こうして考えると、骨格に問題があり、顔面部を強打し、歯牙を喪失したようなケースでは、カンチレバータイプの前歯部インプラントはリスクかもしれません。
この場合の骨格に問題があるタイプというのは、上顎のアーチが狭く上下的に長いケースです。
(またアーチの大きさが左右で異なるケースも少なくありません。)
アーチが狭いがゆえに、前歯の2歯欠損のような場合に、インプラント-インプラント間の距離が不足するわけです。
インプラント治療の相談に来られる方の骨格を精査してみると、骨格的な歪みがある場合が少なくありません。
骨格的な歪みがある方に対して、歯のないところにインプラント治療を行うことは、そこに歯があった数年前の状態に戻るだけなのです。
私たちは歯なくなるスピードを、インプラント治療で遅くしなければならないのです。
行ったインプラント治療が長持ちするために、骨格の評価、咬み合わせの評価が必須となるのです。
歯冠長が15ミリを超えるインプラントは、IARPDを選択するべきだという意見がある。
・垂直的な骨量が不足している場合も、歯冠長が15ミリを超えるとインプラント-歯冠比が悪くなるので、インプラントにアタッチメントを装着したIARPDが有効な手段となる。
(参考文献)
Shahmiri RA, Atieh MA : Mandibular Kennedy Class ? implant-tooth-borne removable partial denture : a systematic review. J Oral Rehabil. 37(3) : 225-234,2010.
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これまでインプラントでは、天然歯のような厳格に歯冠-歯根比というものはありませんでした。
近年、ショートインプラントが普及した結果、多くの研究が報告され、『歯冠長が15ミリを超えるインプラントは、IARPDを選択するべきだ。』という一つの基準がでたようです。
一方、上顎洞内には比較的容易に垂直的骨量を増大させることが可能で、上顎ではインプラント-歯冠比を改善することが容易です。
そのため、上顎では垂直的骨量が不足しているケースであっても、インプラントブリッジが可能であることが多いです。
咬筋の付着角度による未来予測
・咬筋の付着角度が下顎枝下縁に対して鋭角であれば、SDAで処置をしても前方に力が働き、上顎前歯のフレアアウトを引き起こす可能性が高い。
より90度に近い鈍角であれば、臼歯部根尖に応力が集中し根管治療が施されている歯は負担荷重で破折リスクが上昇する。
(参考文献)
de Sa e Frias V, Toothaker R, Wright RF : Shortened dental arch : areview of current treatment concepts. J Prosthodont. 13(2) : 104-110.2004.
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当院でも、様々な骨格形態の方に対して、下顎枝下縁と咬筋付着方向の角度を調査しました。
その結果、ヒトである以上、想像したほど咬筋付着の方向が異なるわけではないことが分かりました。
また、N数を増やすことで、骨格形態によるある一定の傾向が明らかになりそうだということも分かりました。
今回は、セファロ上で咬筋付着部を計測しましたが、実際の患者さんを触診し、咬筋の付着部位にマーキングした上で、セファロを撮影して計測した方が正確なデータが得られると考えられます。
それにしても、同じSDAでも前歯部がフレアアウトする人と臼歯部の歯根破折する人の両方がいます。
しかしながら、その両方が同時に起きている人はあまりいないように感じます。
他の研究報告で、『SDAは小臼歯部が圧下されるので、結果として上顎前歯部がフレアアウトするため、SDAは理想的ではない。』という意見も聞いたことがあります。
そうなると、歯槽骨が硬く小臼歯部が圧下されないタイプの人は、歯根破折が惹起され、歯槽骨が相対的に柔らかいタイプの人は、小臼歯部が圧下されるのかもしれません。
今回の研究報告では、咬筋の付着方向を解析することによって、患者さんが元々持っているリスクを上手く回避できる可能性があります。
非常に興味深いと感じました。