根面齲蝕はpH7付近でも発生する。
・根面齲蝕の予防・治療はなぜ難しいのか。
その理由として、歯冠部エナメル質と歯根面の齲蝕の発症メカニズムが異なることが挙げられます。
双方とも、S.mutansやLactobacillusの強い関与がありますが、象牙質の齲蝕ではエナメル質にはない特徴として、Actinomycesが非常に強く関与していると考えられています。
根面齲蝕の特徴として、歯肉縁上だけでなく歯肉縁下にも生じます。
歯肉縁下において、歯肉溝滲出液のpHは中性に近い状態で出てきますので、本来はそこに齲蝕ができることはあまり考えにくいのですが、実際には歯肉縁下の深い部分で根面う蝕が生じることがあります。
根面齲蝕の治療については、術者の治療技術によって再治療のケースが非常に多くなってきます。
実際に根面齲蝕の好発部位として、55%が歯間部や補綴物マージンから発生するデータがあるので、修復治療の長期予後を考えていくうえで根面齲蝕が致命的な影響を及ぼしてしまう可能性があります。
また、エナメル質の酸による脱灰とは異なり、象牙質に含まれるコラーゲンに対しても破壊が生じます。
これはマトリックスメタロプロテアーゼ(Matrix metalloproteinase ,MMP)による有機質基質の分解によるものですが、このMMPの一つであるコラゲナーゼの活性はpHが低い状態、つまり硬組織の脱灰領域ではあまり発揮されずに、齲蝕の安全域とされるほぼ中性(pH7程度)に近い領域でMMPがコラーゲンを分解していくことが分かってきています。
このような点から、根面齲蝕は、有機質と無機質が複雑に絡み合う象牙質やセメント質が戦場ですので、エナメル質の齲蝕とは異なる視点で予防に取り組まなければなりません。
たとえば、エナメル質の齲蝕は白斑していることで早期発見しやすいわけですが、初期の根面齲蝕は視診で発見することが大変難しく、気づいたときには悪化していることが多いわけです。
とはいえ、象牙質の齲蝕に対する基本的な予防処置は、従来より行っているエナメル質へのアプローチと同様に徹底的なプラークコントロールとフッ化物の応用は欠かすことができません。
フッ化物が適応されている象牙質は表層が石灰化されますので耐酸性が向上しますが、今後はコラゲナーゼの働きから象牙質中の有機質基質をどのように守っていくかを考えていかなくてはならないと考えています。
(新聞QUINT 2016年6月号 )
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通常、食物を食べるとお口の中の状態は酸性に傾き、唾液の緩衝作用でゆっくりと中性に戻ります。
虫歯になりやすいかどうかは、この中性になるまでの時間で決まります。
すなわち、中性になるまでの時間が長い場合は、お口の中が酸性である状態が長いので、虫歯ができやすいということになります。
一般にエナメル質の虫歯はpH5.5付近でおきるといわれています。
一方、根面齲蝕は、pH6.5付近で発生するといわれています。
ということは、歯根が露出していない若年者で虫歯が頻発していた人が加齢により、歯根が露出したようなケースでは、よほど生活習慣が改善されない限り、根面齲蝕は避けられないと考えられます。
また、若いころの虫歯のリスクが低い人でも、加齢により唾液が減少したり、医科での投薬が増えてくると、根面齲蝕のリスクはやはり増大するものと推測されます。
また、インプラント治療を行った部位の隣に根面齲蝕がある天然歯がある場合、フッ化物を応用により、チタンの腐食が惹起されないのかという問題もあります。
こうして考えると、根面齲蝕は高齢化社会の現代では、その対処について真剣に議論を重ねていかなければならない分野であると感じました。